お忙しい中当ブログの記事に興味を持っていただいている読者の皆様、
また多少冷静な目を持っている少数の方々は、
なんとなーく感じていらっしゃることと存じますが、
「 東京地検、これ、カルロス・ゴーン、
有罪に出来なくない? 」
という雰囲気が漂い始めて、
そういう論調の記事もちらほら
散見されるようになっていますね。
「 ダセェ!!こいつ超ダサい! 」
と言われることを承知で、敢えて言いますが、
最初からおかしいと思ってましたよ。
「 う、うーん…
こいつ超ダサい! 」
はい、すいません。
しかし、こんなブログの記事に興味をもたれる皆さんなら、
同じように変だと思われませんでしたか?
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この10日くらいで以下の様に3つほど記事を作成しましたが、
カルロス・ゴーンの罪は一体何なのか?
http://www.hazemixeddays.com/2018/11/blog-post.html
【続】カルロス・ゴーンの罪は一体何なのか?
http://www.hazemixeddays.com/2018/11/blog-post_23.html
【終】カルロス・ゴーンの罪は一体何なのか?
http://www.hazemixeddays.com/2018/11/blog-post_27.html
何か、今回の一連の話の流れで、
なんでこんなにいやな気分になっているのか、
ようやく自分の心の中のモヤモヤが
以下の記事で分かった気がしました。
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退任後報酬は「希望額」と供述 記載義務なしとゴーン前会長
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2018113001002341.html金融商品取引法違反の疑いで逮捕された日産自動車の前会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が、有価証券報告書に記載せず、退任後に受け取ることにした年約10億円の報酬について「あくまで希望額だった」との趣旨の供述をしていることが30日、関係者への取材で分かった。退任後の報酬支払いは確定しておらず、報告書への記載義務はなかったと主張しているもようだ。
東京地裁は30日、ゴーン容疑者と前代表取締役グレゴリー・ケリー容疑者(62)=金融商品取引法違反の疑いで逮捕=の勾留をいずれも10日間延長する決定をした。期限は12月10日。
(共同)
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恥ずかしいんですよね。
何が恥ずかしいかっていうと、
もう負けてるやん、東京地検。
で、同じ日本人として
「悔しい」とか言うより、
もう既に恥ずかしいんですよ。
例えるなら、
田舎の親戚が家族何人かで都会に出てきて、
やり手のビジネスマン相手に
「だまされた!詐欺やがな!金返せ!」
「いやぁ、だってお客さん、
契約書に書いてて、
あんたサインしてるじゃん?
説明もちゃんとしましたよ?」
「契約書なんか関係ない!
俺らは知らんがな!」
「知らなくても、
契約書に直筆でサインをして…」
「やかましいわい!」
「そうや、そうや!
もっと言え!」
って、衆人環視の中で言い合いをして、
道行く都会の人々に苦笑いされてる、
それを横目で見てるような感情。
「いや、おじさん…
それは勝てないよ。」
と、うつむくしかないというか。
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もちろん真ん中に座って大声を出しているおじさんが、
東京地検、または日産自動車の残った役員の皆さん、
周りで「そうや!そうや!」って
騒いでる一緒についてきた田舎者が
役員報酬が高いだのリストラがひどいだの
的外れなことを言ってる人たち。
何か最近、
世の中的にエリートって言われるべき人たちの
クオリティーが下がってる気がします。
特にマスコミは顕著
(というか
マスコミはその人たちが書いた記事を見るから
どういう人たちか分かりやすいので目立つ)
今回の東京地検特捜部も、
東大法学部を出て、司法試験に合格して、
という超の付くエリートの皆さん。
だけど、今回の事件を俯瞰的に見ると、
東大といえど、所詮は日本でトップと言うだけで、
なおかつ、
正直よくは知らないのであんまり偉そうに言えませんが、
司法試験に合格したといっても「旧態依然とした勉強」が出来るだけ。
また日本国内の法律に詳しいだけで、しかも、検察という強い立場で法律を解釈するスキルに長けている。
(同じ法曹関係者でも弁護士なら、
守りに入って弱い立場であーだこーだと理屈をこねて
依頼者を有利にする、
っていう離れ業が必要になるから
柔軟な頭の体操が得意で優秀にもなると思いますが。 )
東京地検も日本国内で限られたフィールドで強いだけで世間が狭い。
つまりは狭い世間の中で声がでかいだけの
「田舎者のおじさん」
なわけです。
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筆者は
むやみにゴーン氏を擁護するつもりでも、
斜に構えて「俺って変わってるだろ?すごいだろ?」
と言いたいわけでもなく。
しかし、気がかりというか、大丈夫か?
と思うのは、
このグローバリゼーションとかいう時代に、
日本はこんなことで良いのか?
ということです。
今回の記事のシリーズの中でも書きましたが、
明治維新前、江戸時代の人たちと
「世間の狭さ、視野の狭さ」
があんまり変わらないように思えます。
世の中にいろんな便利な道具がいきわたっていますが、
使う人間の能力を高めてくれているわけではない。
むしろ効率的に「答えが出てくる」ことで、
想像する力が衰えているのではないかと思います。
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